私は暑い重苦しい夏のこの時期、いつも叔父の話を思い出します。
輸送船に乗って南方の戦場へ向かうとき、船が外洋に出た頃、大音響がして(軍医少尉だった叔父は自由な行動が許されているので)階段を駆け上がって、甲板に出て見た光景は。
船団の中で一番大きい輸送船が眼前で火柱を上げて海に沈みゆく姿でした。
もちろん敵潜水艦の魚雷の攻撃です。
弾の一発も撃つことなく、多くの人が亡くなった・・と、その辛く悔しい思いを会う度に私に話したのです。
叔父は幸いにも帰還できて、亡くなる間際まで老体に鞭打って多くの方の診療にあたりました。
多くの方が戦争で亡くなりました。飛行機を操縦して敵艦に体当たりした英霊のことはかなり良く知られるようになりました。
でも映像もなく、武勇もなく、逝かれた方もとてもとても多い筈です。
でも皆きっと同じ気持ちだったのではないかと想像します。
歌の中に「大君の辺にこそ死なめ」という部分があります。
物理的に天皇陛下に近くにいる人は限られます。
しかし心は自由です。
心は大君の近くにあって、日本のために亡くなられた多くの御霊にささげます。