あまり知られていなかったこの宮沢作品が最近、 急に見直されているようです。文学に興味ある方もない方もどうぞ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ツェねずみ
宮沢賢治
ある古い家の、まっくらな天井裏に、「ツェ」 という名まえのねずみがすんでいました。
ある日ツェねずみは、きょろきょろ四方を見まわしながら、 床下街道(ゆかしたかいどう)を歩いていますと、 向こうからいたちが、何かいいものをたくさんもって、 風のように走って参りました。そしてツェねずみを見て、 ちょっとたちどまって早口に言いました。
「おい、ツェねずみ。お前んとこの戸棚(とだな)の穴から、 金米糖(こんぺいとう)がばらばらこぼれているぜ。 早く行ってひろいな。」
ツェねずみは、もうひげもぴくぴくするくらいよろこんで、 いたちにはお礼も言わずに、 いっさんにそっちへ走って行きました。 ところが戸棚の下まで来たとき、いきなり足がチクリとしました。 そして、「止まれ、だれかっ。」と言う小さな鋭い声がします。
ツェねずみはびっくりしてよく見ますと、それは蟻(あり) でした。蟻の兵隊は、 もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って、 みんな黒いまさかりをふりかざしています。 二三十匹は金米糖を片っぱしから砕いたり、とかしたりして、 巣へはこぶしたくです。 ツェねずみはぶるぶるふるえてしまいました。
「ここから内へはいってならん。早く帰れ。帰れ、帰れ。」 蟻の特務曹長(とくむそうちょう)が、低い太い声で言いました。
柱は困ってしまって、おいおい泣きました。そこでねずみも、 しかたなく、巣へかえりました。それからは、 柱はもうこわがって、ねずみに口をききませんでした。
さてそののちのことですが、ちりとりはある日、 ツェねずみに半分になった最中(もなか)を一つやりました。 するとちょうどその次の日、 ツェねずみはおなかが痛くなりました。さあ、 いつものとおりツェねずみは、まどっておくれを百ばかりも、 ちりとりに言いました。ちりとりもあきれて、 もうねずみとの交際はやめました。
また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、 せんたくソーダのかけらをすこしやって、
「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、 ねずみはよろこんで次の日から、 毎日それで顔を洗っていましたが、 そのうちにねずみのおひげが十本ばかり抜けました。 さあツェねずみは、さっそくバケツへやって来て、償(まど) っておくれ償っておくれを、二百五十ばかり言いました。 しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし、 償うわけにも行かず、すっかり参ってしまって、 泣いてあやまりました。そして、もうそれからは、 ちょっとも口をききませんでした。
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ツェねずみはびっくりしてよく見ますと、それは蟻(あり) でした。蟻の兵隊は、 もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って、 みんな黒いまさかりをふりかざしています。 二三十匹は金米糖を片っぱしから砕いたり、とかしたりして、 巣へはこぶしたくです。 ツェねずみはぶるぶるふるえてしまいました。
「ここから内へはいってならん。早く帰れ。帰れ、帰れ。」 蟻の特務曹長(とくむそうちょう)が、低い太い声で言いました。
ねずみはくるっと一つまわって、 いちもくさんに天井裏へかけあがりました。 そして巣の中へはいって、しばらくねころんでいましたが、 どうもおもしろくなくて、おもしろくなくて、たまりません。蟻( あり)はまあ兵隊だし、強いからしかたもないが、 あのおとなしいいたちめに教えられて、戸棚(とだな) の下まで走って行って蟻(あり)の曹長(そうちょう) にけんつくを食うとは、 なんたるしゃくにさわることだとツェねずみは考えました。 そこでねずみは巣からまたちょろちょろはい出して、 木小屋の奥のいたちの家にやって参りました。
いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、 歯でこつこつかんで粉にしていましたが、 ツェねずみを見て言いました。
「どうだ。金米糖がなかったかい。」
「いたちさん。ずいぶんお前もひどい人だね。私(わたし) のような弱いものをだますなんて。」
「だましゃせん。たしかにあったのや。」
「あるにはあっても、もう蟻が来てましたよ。」
「蟻が、へい。そうかい。早いやつらだね。」
「みんな蟻がとってしまいましたよ。 私のような弱いものをだますなんて、償(まど)うてください。 償うてください。」
「それはしかたない。お前の行きようが少しおそかったのや。」
「知らん、知らん。私のような弱いものをだまして。 償うてください。償うてください。」
「困ったやつだな。ひとの親切をさかさまにうらむとは。 よしよし。そんならおれの金米糖をやろう。」
「償うてください。償うてください。」
「えい、それ。持って行け。 てめえの持てるだけ持ってうせちまえ。てめえみたいな、 ぐにゃぐにゃした男らしくもねえやつは、つらも見たくねえ。 早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、 金米糖を投げ出しました。 ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、 おじぎをしました。いたちはいよいよおこって叫びました。
「えい、早く行ってしまえ。てめえの取った、 のこりなんかうじむしにでもくれてやらあ。」
いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、 歯でこつこつかんで粉にしていましたが、 ツェねずみを見て言いました。
「どうだ。金米糖がなかったかい。」
「いたちさん。ずいぶんお前もひどい人だね。私(わたし) のような弱いものをだますなんて。」
「だましゃせん。たしかにあったのや。」
「あるにはあっても、もう蟻が来てましたよ。」
「蟻が、へい。そうかい。早いやつらだね。」
「みんな蟻がとってしまいましたよ。 私のような弱いものをだますなんて、償(まど)うてください。 償うてください。」
「それはしかたない。お前の行きようが少しおそかったのや。」
「知らん、知らん。私のような弱いものをだまして。 償うてください。償うてください。」
「困ったやつだな。ひとの親切をさかさまにうらむとは。 よしよし。そんならおれの金米糖をやろう。」
「償うてください。償うてください。」
「えい、それ。持って行け。 てめえの持てるだけ持ってうせちまえ。てめえみたいな、 ぐにゃぐにゃした男らしくもねえやつは、つらも見たくねえ。 早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、 金米糖を投げ出しました。 ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、 おじぎをしました。いたちはいよいよおこって叫びました。
「えい、早く行ってしまえ。てめえの取った、 のこりなんかうじむしにでもくれてやらあ。」
ツェねずみは、いちもくさんに走って、天井裏の巣へもどって、 金米糖をコチコチ食べました。
こんなぐあいですから、ツェねずみはだんだんきらわれて、 たれもあんまり相手にしなくなりました。 そこでツェねずみはしかたなしに、こんどは、柱だの、 こわれたちりとりだの、バケツだの、 ほうきだのと交際をはじめました。中でも柱とは、 いちばん仲よくしていました。
柱がある日、ツェねずみに言いました。
「ツェねずみさん、もうじき冬になるね。 ぼくらはまたかわいてミリミリ言わなくちゃならない。 お前さんも今のうちに、 いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。 幸いぼくのすぐ頭の上に、 すずめが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖かいものがたくさんある から、いまのうちに、すこしおろして運んでおいたらどうだい。 僕(ぼく)の頭は、まあ少し寒くなるけれど、 僕は僕でまたくふうをするから。」
ツェねずみはもっともと思いましたので、さっそく、 その日から運び方にかかりました。
ところが、途中に急な坂が一つありましたので、 ねずみは三度目に、そこからストンところげ落ちました。
柱もびっくりして、
「ねずみさん、けがはないかい。けがはないかい。」 と一生けん命、からだを曲げながら言いました。 ねずみはやっと起き上がって、 それからかおをひどくしかめながら言いました。
「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。 僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」
柱はいかにも申しわけがないと思ったので、
「ねずみさん、すまなかった。ゆるしてください。」 と一生けん命わびました。
ツェねずみは図にのって、
「許してくれもないじゃないか。 お前さえあんなこしゃくなさしずをしなければ、 私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。償(まど) っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれよ。」
「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。 許してくださいよ。」
「いいや、弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから、 償っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれ。」
柱がある日、ツェねずみに言いました。
「ツェねずみさん、もうじき冬になるね。 ぼくらはまたかわいてミリミリ言わなくちゃならない。 お前さんも今のうちに、 いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。 幸いぼくのすぐ頭の上に、 すずめが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖かいものがたくさんある から、いまのうちに、すこしおろして運んでおいたらどうだい。 僕(ぼく)の頭は、まあ少し寒くなるけれど、 僕は僕でまたくふうをするから。」
ツェねずみはもっともと思いましたので、さっそく、 その日から運び方にかかりました。
ところが、途中に急な坂が一つありましたので、 ねずみは三度目に、そこからストンところげ落ちました。
柱もびっくりして、
「ねずみさん、けがはないかい。けがはないかい。」 と一生けん命、からだを曲げながら言いました。 ねずみはやっと起き上がって、 それからかおをひどくしかめながら言いました。
「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。 僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」
柱はいかにも申しわけがないと思ったので、
「ねずみさん、すまなかった。ゆるしてください。」 と一生けん命わびました。
ツェねずみは図にのって、
「許してくれもないじゃないか。 お前さえあんなこしゃくなさしずをしなければ、 私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。償(まど) っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれよ。」
「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。 許してくださいよ。」
「いいや、弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから、 償っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれ。」
柱は困ってしまって、おいおい泣きました。そこでねずみも、 しかたなく、巣へかえりました。それからは、 柱はもうこわがって、ねずみに口をききませんでした。
さてそののちのことですが、ちりとりはある日、 ツェねずみに半分になった最中(もなか)を一つやりました。 するとちょうどその次の日、 ツェねずみはおなかが痛くなりました。さあ、 いつものとおりツェねずみは、まどっておくれを百ばかりも、 ちりとりに言いました。ちりとりもあきれて、 もうねずみとの交際はやめました。
また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、 せんたくソーダのかけらをすこしやって、
「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、 ねずみはよろこんで次の日から、 毎日それで顔を洗っていましたが、 そのうちにねずみのおひげが十本ばかり抜けました。 さあツェねずみは、さっそくバケツへやって来て、償(まど) っておくれ償っておくれを、二百五十ばかり言いました。 しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし、 償うわけにも行かず、すっかり参ってしまって、 泣いてあやまりました。そして、もうそれからは、 ちょっとも口をききませんでした。
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導入部分を転載させていただきましたが、この先は、
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(なお、原作の著作権は既に消滅しています。)