【政界徒然草】石破派(水月会)が早くも資金難…事務所に常駐職員も置けず 心酔する「角さん」流に近づけるか?
旗揚げしたばかりの石破派(水月会、会長・石破茂地方創生担当相)が早くも資金難に直面している。東京・永田町の国会近くにある派閥事務所に常駐の職員を置けず、毎週木曜の例会以外は閉まったまま。活動費の工面もままならぬようで、他派閥からは「人集めよりも、金集めでつまずくのではないか」と冷ややかな声も漏れている。
国会のほど近く、弁護士事務所や公認会計士事務所などが入るオフィスビルの一室に、石破氏は派閥事務所を構えた。だが、日中でも入り口のドアはロックされ、中はひっそりとしている。
「所属議員にはそれぞれカードキーが配られた」
石破派の若手議員は、自嘲気味に語る。「用事があるときに、勝手に使ってくれ」ということのようだ。
他派閥も国会周辺に事務所を構えており、いずれも常駐の職員を置いている。派閥の資金管理に来客対応、パーティーや研修会の準備などをこなしている。石破派幹部の一人は「これから最も大変なのが資金集めだ」とこぼす。
他の7派閥をみると、一番の集金力を誇るのは最大勢力の細田派だ。平成25年分の政治資金収支報告書によると、細田派(当時は町村派)の収入は2億923万円。2位は岸田派の1億9116万円で、それに1億5987万円の二階派が続く。各派とも大きな資金源は年に一度開催する政治資金パーティーだ。
石破派も来年からパーティーの開催を検討しているが、派内に難色を示す議員もいる。「1人200枚」といったパーティー券販売のノルマが課せられるからだ。販売ノルマを敬遠して派閥に加わらない議員も多く、石破派がパーティーを開催すれば、派内で離反者を生む恐れもある。
もともと石破氏は、田中角栄元首相が率いた田中派(現額賀派)の事務所職員として政治の世界に飛び込んだ。石破氏は「派閥事務所で田中先生にお仕えしているときに政治の何たるかを学んだ」と周囲に語る。かつて産経新聞のインタビューでは、田中氏の思い出をこう振り返っている。
「私が派閥事務所で働いていたころのことだが、ある方の葬儀が終わったときに、田中先生から『初七日のときにも花を出せ』といわれたことがある。私が『葬儀にも行かれたし、花も出したし、香典もお包みしているから、もういいのではないですか』と答えたら、『だからお前はダメなんだ』と叱られた。『葬儀のときはみんな気が動転している。親類や知人がたくさん来てガヤガヤしているから、悲しみに暮れる時間もない。初七日とか四十九日とか、みんながいなくなったあとに初めて、ああ死んじゃったんだと悲しさを実感する。そのときに花は出すんだ』と」
田中派は田中氏の卓越した気遣いと桁外れの集金力で、所属議員が最盛期には140人を超えた。田中氏はロッキード事件で受託収賄罪に問われた後も絶大な影響力を維持し、私邸が東京・目白にあったことから「政治は目白御殿で動いている」といわれたほどだ。
その田中氏は求心力をどう高めていったのか。石破氏はインタビューでこうも語っている。
「田中先生がカネだけであの地位まで行ったとは思わない。先生は人を大切にした。だから、心酔した人たちがいっぱいいた。しかし、あまりに偉大すぎて、私にはとてもまねできない」
田中氏の薫陶を受けた石破氏が立ち上げた新派閥。在りし日の田中氏と「派閥領袖」という同じ立場に立ち、「首相」のポストを狙う石破氏が、まねすべきことは少なくないはずだ。
(政治部 力武崇樹)
安倍総理は第一次安倍内閣が頓挫してしまった時のくやしさが頭を離れないと思います。健康上の理由が主に報道されましたが、それよりも自民党内がが仕切れなくなって手足を押さえられたような感じで政局運営でとても苦労しました。
だからその強い反省から、政権復帰後は党内の融和策をとりながら、着々と勢力を拡げています。
石破氏は3年前の総裁選挙時には当選が確実視されながら、勝機がスルスと逃げ去ってしまいました。今の安倍総理の挙党体制に協力して禅譲を期待しましたが、飼い殺しの状態で徐々に勢力弱体化しました。早々と危険な「次はオレ」宣言してしまって、派閥も結成しましたが、流石に議員たちはよく見ています。
新派閥への参加は少なく、そして今回は、事務所は常は鍵がかかっていると報道されました。
イチかバチかの賭けは失敗しました。ここからの盛り返しは難しいでしょう。
ところでかつて安倍総理は野田聖子を総務会長に抜擢しましたが、恩を仇で返されて激怒して野田潰しに転じていて、既に事実上潰しましたね。個人的な恨みではありません。戦後体制からの脱却に協力せずに逆に維持しようとする者は、何者も許されるわけないです。二階氏は同じく総務会長に抜擢された後は同じ轍を踏まず、上手に振る舞っています
岸田氏は派閥の会合で第9条の維持を打ち上げてしましました。(拙記事『保守本流」は変質した。憲法改正に釘をさすような岸田氏よ、さらば』)
さすがに安倍総理はこれも激怒して、岸田氏は飛んで謝りに行ったらしいです。
しかし岸田派は今回の内閣改造で入閣が前回4人から岸田氏のみの1人に激減です。誰も国会議員になった以上は大臣になりたい筈ですから、岸田派にいることが障害になります。この派閥は櫛の歯が欠けるように人が去ってゆくでしょう。
憲法改正の障害となる勢力には全く情け容赦ないですが、当ブログ主はこれらを完全に支持します。
憲法改正は安倍政権あと3年では実現しません。志の高い後継者はいても、志だけではこの大仕事はとても無理です。
安倍総理の胸中には、総裁3選を禁じた党則の手直しがあると確信しています。
おそらく2年も先には動きが表面化するでしょう。
安倍政権の政策の個々には異論があることもありますが、この政権のほかには憲法改正を実現してくれる政権はありません。
まずは参議院選挙(ダブル選挙かも)の大勝利を目指して力強く進みましょう!